千葉経営企画/千葉和彦税理士事務所 宮城県塩釜市玉川1-2-40
今月のことば
毎月、心に残る言葉を掲載しています。
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5月のことば(H24.5)
方向を打ち出したら、すぐに実行する
(井上礼之:ダイキン工業代表取締役会長兼CEO)
 
 井上氏は、13期連続で増益を達成し、ダイキン工業を1兆円企業に育てた。「いま重要なのはスピードです。責任者は、方向を打ち出したらすぐに実行する。『一流の実行力と二流の戦略』でいい。まず、実行に移して、肌で感じながら、戦略を変えていく。それぐらいのスピードとダイナミズムがないと通用しません」と井上氏はいう。
 
4月のことば(H24.4)
楽をすることなど考えては到底、勝ち組にはなれない
(永守重信:日本電産社長)
 
 「どんな人間にも、どんな会社にも、1日24時間という条件は平等だ。その中でどれだけ仕事に打ち込むかが成否の分かれ目となる。楽をすることなど考えていては到底、勝ち組にはなれない」
永守氏は、28歳で日本電産株式会社を設立、グループ約170社、従業員数15万人のグローバル企業へと成長させた。「情熱、熱意、執念」「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」などの独自の経営哲学を持って、常に前向きで積極的な考え方・行動の重要性を説く。最も注目される経営者の一人として挙げられている。
 
3月のことば(H24.3)
会計は、損を損と認め自らを強くする手段に他ならない
 (竹内敏晃:日本電波工業会長)
  日本電波工業は、日本企業の先陣をきって2010年3月期の決算から任意で国際会計基準(IFRS)を適用した。その背景には、「技術の世界では1グラムの重さは1グラムとしか表現できないのに、なぜ企業会計では、1億円を1億円と言い切れないのか」という竹内会長の思いがあったという。「会計は、企業のこうありたいという姿を表現する道具ではなく、損を損と認め、自らを強くする手段に他ならない」と竹内会長はいう。
 
2月のことば(H24.2)
商は笑顔なり お客さんが笑顔にならんと商売は長く続けられない
 (岡藤正広:伊藤忠商事社長)
 岡藤氏は、「自分が儲けるためには、お客さんに儲けてもらうことが大事であり、『お客様がいい』と言っているかどうかにこだわるべきだ」「お客様が儲かる仕組みを自分が主導できるかどうか。常にお客様から『儲かる話』を求められるようにならないといけない」という。
 
1月のことば(H24.1)
商売に王道なし ただ心あるのみ
 (伊藤雅俊:イトーヨーカ堂創業者)
 イトーヨーカ堂が小売業として利益日本一になった秘訣を聞かれると、伊藤氏は、次のように答えた。「『お客さまと取引先を大切にする』『嘘をつかない』『感謝の心を忘れない』といった、商いというよりも、人間としての基本を毎日飽きずに繰り返してきただけと申し上げる以外にないのです。もちろん人間ですから、少しうまくいき始めると、慢心したり、驕りたくなる時もありました。それを注意され、また自ら振り返って反省し、基本に戻る、その繰り返しであったような気がします。それが商いの道ではないでしょうか。商売に王道なし。ただ心あるのみです」
 
12月のことば
高い目標を持っているからこそ多くのことをやり遂げられる
ウォルト・ディズニー(ディズニー創業者)
 青年時代に、アニメ制作会社で、アニメ制作に没頭し、それまでの切り抜き手法からセルアニメに高い可能性がある事を確信。ディズニー社を設立し、世界的なキャラクター・ミッキーマウスを生み出すとともに、効果音や声を吹き込んだ世界初のトーキー・アニメ映画を製作し、今や世界的なアニメ製作会社として成長する。
 ウォルトは、成功に満足することなく新しいものを開拓し、大人と子どもの両方が楽しめる娯楽施設「ディズニーランド」を建設した。彼の「誰もが楽しめる」というファミリーエンターテイメントの理念は、今も各ディズニーのパークで受け継がれている。
 
11月のことば
当たり前がいちばんむずかしく、また見落としやすい
(高原慶一朗:ユニ・チャーム創業者
 「当たり前のことを、当たり前とバカにしている人は成功できない。当たり前がいちばんむずかしく、また見落としやすい。突飛なことや奇をてらうのは、一見、派手で目立ちやすいが継続がむずかしい」
 高原氏は、1961年に大成化工(現ユニ・チャーム)を創業し、生理用品と紙おむつの分野でトップシェアを持つ企業に育てた。
 P&G社が日本のおむつ市場の90%のシェアを持っていたときに、同社の平面型おむつではなく、赤ちゃんに履かせやすい立体型(パンツ型)のおむつで新規参入する。消費者の目線に立ったおむつはヒット商品となり、P&G社を抜いてシェアトップに立った。
 
10月のことば
決断を急げ、何もせずにぐずぐずしているのが、いちばん悪い
(石田退三:元トヨタ自動車社長)
 労使紛争の収束、設備・工程の合理化推進、自己開発技術による乗用車量産体制の確立など、戦後のトヨタ自動車を建て直し、「トヨタ中興の祖」と呼ばれる。
 トヨタが危機の際、累積赤字が蓄積し銀行に融資を断られた経験から、「自分の城は自分で守れ」と、内部留保を増やして自前で必要な機械などを買うという経営を行った。この方針が受け継がれ、トヨタは内部留保を多く持つ、優良な財務体質の企業となった。
 この言葉は、「ビジネスにおいては、素早い決断と、素早い行動が大切である」ということであろう。
 
9月のことば
できるか、できないかではなく、どうしたらできるかを考える(古田貴之 千葉工大・未来ロボット技術研究センター所長)
 14歳のとき脊髄の難病によって余命8年と宣告されるが、リハビリによって奇跡的に回復する。このときの車椅子生活の体験が「不自由なものを不自由でないようにする」という独自のロボット開発を目指すきっかけとなり、世界初の人工知能を搭載したサッカーロボやバック転ロボを開発する。当時、複雑な構造である人間型ロボットの研究は、周囲の誰もが敬遠したが、「これができれば、どんなロボットの開発だって可能なはずだ」と思ったという。
 
8月のことば
不可能を可能にするのが社長(鈴木 喬:エステー会長兼社長)
 エステーは、「ムシューダ」「消臭力」などで知られる消臭芳香剤メーカー。1998年に業績不振だったエステーの社長に就任すると、トップダウンで、開発する製品を厳選したり、商品点数を売れ筋に絞り込んで3割に減らすなど次々とリストラを断行し、業績を改善させる。2007年に社長を退くが、リーマンショック後の不況の中、再度、社長に就任。
 社内では、社員達の下を歩き回って現場の声をヒアリングし、退社後はスーパーなどの売り場を見て歩くなど現場を大事にしている。「成熟産業だから売れない、不況で売れない、というのはただの言い訳。大切なのは物を売る熱意だ」鈴木社長は言う。
 
7月のことば
運とは、努力すればするほど、付いてくるものだ(トマス・ジェファーソン)
 アメリカ独立戦争時に、大陸会議の代議員として、アメリカ独立宣言を起草した。
彼が起草した独立宣言は、近代国家の憲法の基本である自由と平等を謳ったもので、現在でもその影響は多くの国の憲法に見ることができる。
 「私は、運の存在を強く信じている。そして、運は、努力すればするほど、付いてくることを、私は、知っている」。一生懸命頑張れば、頑張るほど、運を手に入れることができる。政治家以外にも、園芸学者、政治指導者、建築家、考古学者、古生物学者、発明家など様々な分野で功績を残した彼の経験から得た言葉といえる。」
 
6月のことば
行動となって現れないような思考は無用である(土光 敏夫)
 経営危機にあった石川島播磨重工業や東芝の社長を務め、徹底した合理化によって再建する。昭和49年、第4代の経団連会長に就任。昭和56年、鈴木内閣の第二次臨時行政調査会長に就任。
就任の条件として、首相に「必ず実行するとの決意に基づき行政改革を断行する」ことを約束させ、「増税なき財政再建」「三公社(国鉄・専売公社・電電公社)民営化」などの路線を打ち出す。普段の生活は質素で、経団連会長当時も、公共のバス・電車を利用して通勤していたという。謹厳実直な人柄と余人の追随を許さない抜群の行動力、質素な生活から、「ミスター合理化」「行政の鬼」とも呼ばれた。
 
5月のことば
新しいことに挑戦するときに、もっとも大切なことは、「やる気」が
あるかないかである
(斎藤 茂太)
 歌人・精神科医の斎藤茂吉の長男。作家・北杜夫氏の実兄。医師として斎藤病院名誉院長、日本精神科病院協会名誉会長、アルコール健康医学協会会長を務めたほか、作家としても活躍。多数の著書を執筆した。
 「新しいことに挑戦するときに、もっとも大切なことは、現在の自分の能力を考慮して、できるかできないかを予測することではなく、『やる気』があるかないかである。これを忘れてはならない」
出典:『グズをなおせば人生はうまくいく 問題解決編』(大和書房)
 
4月のことば
昨日から学び 今日を生き 明日へ期待しよう(アルベルト・アインシュタイン)
 20世紀最大の理論物理学者といわれる。1905年に特殊相対性理論を、1916年に一般相対性理論を発表し、1921年にはノーベル物理学賞を受賞した。
 アインシュタインの名前は、現在においても天才の代名詞として使われることがある。大の親日家であり、来日した際、日本のお辞儀という文化にいたく感動したといわれる。
 この言葉の意味は、過去の経験や歴史、先人の教えから学び、毎日を努力して、将来の夢や希望をしっかり持てという意味であろう。
 
3月のことば
逆境も見方を変えればやり甲斐ある経営環境
 (樋口 廣太郎:
元アサヒビール名誉会長
 私は、どんなに業績が悪くても、悲観する必要はないと思います。濡れた雑巾は楽に絞れますが、すでに絞りきった雑巾のような会社のほうが、優良企業より手腕が発揮できるのではないでしょうか。
 逆境も見方を変えれば、これほどやり甲斐のある経営環境ははないとも言えるのではないでしょうか。
 今、経営者に求められるのはネバーギブアップの精神です。「経営環境が悪いから」というだけの人は、経営者ではありません。
 環境が悪いのなら、悪いなりに、どうするかを考え、明快な対策を打ち出し、実践するのが経営者の真の務めです。
 
2月のことば
金貨のようにどこにでも通用するような人物になれ
 (佐伯 勇:元近鉄名誉会長)
 佐伯勇氏(1903-1989年)は、近畿日本鉄道を日本最大の私鉄に育て上げ、近鉄中興の祖と呼ばれる。世界初の2階建車両による特急車「ビスタカー」の生みの親。
 1円通貨は、日本国内だけしか通用しないが、金貨であれば、世界中、同じ1円の価値で通用する。
 この金貨のようにどこでも通用する人間になれ。つまり、どこにいっても喜んで雇ってもらえるほどの実力を持った人間になれ、という意味である。
 
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